中絶は、身体的な負担だけでなく、心にも大きな影響を与えるものです。
特に日本では、周囲に相談しづらい風潮や、誤った情報が広まっていることもあり、女性が孤立しやすい現状があります。
この記事では、産婦人科医であり心理カウンセラーでもある立場から、中絶後に起こりやすい精神的な苦痛の種類や特徴、そしてそのケア方法について、できるだけわかりやすく丁寧に解説します。
あなたが少しでも楽になれるよう、心の回復に役立つ情報をお届けします。
中絶後の心に起こりやすい変化
中絶後の心に負担は自然なこと
中絶という選択は、女性にとって非常に大きな決断です。
たとえそれが自分にとって必要な選択であっても、その過程や結果に対して、心がさまざまな反応を示すのはごく自然なことです。
よく見られる感情の例
- 罪悪感(命を終わらせてしまったという気持ち)
- 喪失感(母親になるかもしれなかった未来の喪失)
- 孤独感(誰にも言えない・理解してもらえないと感じる)
- 自己否定(自分はダメな人間だと責めてしまう)
これらの感情は、急に押し寄せたり、日常のふとした瞬間に蘇ってくることがあります。
中でも、「赤ちゃんを殺してしまったのではないか」といった強い後悔や苦しみの感情に襲われる人もいます。
そのような感情は、自分の選択を軽んじていなかったからこそ生まれるものです。 あなたが命と真剣に向き合った証なのです。
中絶による心のダメージはどれくらい深刻?
中絶後の精神的反応は人によって異なりますが、数週間で気持ちが落ち着く方もいれば、長期間にわたって苦しむ方もいます。
「中絶後ストレス症候群(PASS)」とは?
海外では、中絶後に強い精神的ストレス反応が出るケースを「中絶後ストレス症候群(Post Abortion Stress Syndrome:PASS)」と呼ぶことがあります。
主な症状:
- 中絶に関する夢を見る
- 突然涙が出る、気分が沈む
- 妊婦や赤ちゃんを見て辛くなる
- 人と会うのが億劫になる
- 自己嫌悪が強くなる
これは正式な診断名ではありませんが、こういった感情に苦しむ人が一定数いることを医学的にも認識し、サポート体制を整えていくことが重要とされています。
精神的苦痛を和らげるためにできること
「苦しい」と感じる自分を否定しない
中絶の決断は、安易なものではなかったはず。 だからこそ、その後に心が揺れるのは当然のことです。
「私は弱い」「もっと強くあるべき」と自分を責めずに、まずはその苦しみを感じている自分を認めてあげてください。
「赤ちゃんに申し訳ない」という気持ちを抱えている自分に対して、やさしく語りかけてください。
あの時、あなたは精一杯悩み、考え、今の状況の中でベストな選択をしたのです。その決断に後悔があっても、自分を責め続ける必要はありません。
信頼できる人に話す
身近な家族や友人、あるいはパートナーに気持ちを話せるだけでも、心の重荷が軽くなることがあります。
ただし、無理に話す必要はありません。 「話したい」と思える相手がいたときに、少しずつ自分の言葉で伝えてみましょう。
心理カウンセリングを受ける
心療内科やメンタルクリニック、あるいは中絶後のサポートを行っているNPOなどで、カウンセリングを受けるのも大きな助けになります。
専門家と話すことで、自分の感情を整理できたり、新しい視点で自分を見つめ直すきっかけにもなります。
同じ経験をした人の声に触れる
匿名の体験談やブログ、SNSなどで、自分と同じような経験をした人の話に触れると、「ひとりじゃない」と感じられることがあります。
「苦しんでいたのは自分だけじゃなかった」と思えるだけでも、心の孤独は軽減されます。
中絶後の心のケアをサポートする場所
医療機関
婦人科や心療内科で相談が可能です。 中絶を受けた施設でアフターケアを行っている場合もあります。
自治体の相談窓口
各自治体には、女性の心身の健康に関する相談を受け付ける窓口があります。 「○○市 女性相談」などで検索すると情報が出てきます。
支援団体・NPO
- ピッコラーレ(思春期・若年女性支援)
- BONDプロジェクト(若年女性サポート)
- 日本家族計画協会(性と生殖に関する情報提供)
※現在のサポート内容は各公式サイトで確認してください
心の傷を癒すために時間が必要
中絶によって受けた心の傷は、すぐに癒えるものではありません。
けれども、時間とともに少しずつ痛みが和らぎ、「自分を責める気持ち」から「自分を労わる気持ち」へと変わっていくこともできます。
誰かに話すこと、誰かの声を聞くこと、自分自身を大切に扱うこと… その一歩一歩が、回復への道のりとなります。
赤ちゃんへの思いが消えることはないかもしれません。
でも、その思いを「後悔」ではなく、「大切な命だった」という気持ちに変えていけたら、少しずつ自分を許せるようになるかもしれません。
おわりに
中絶は、決して軽くない選択です。 それゆえに、心に残る影響も大きなものになることがあります。
でも、それは「あなたが命と向き合った証拠」でもあります。
どうか、自分を責めすぎず、ひとりで抱え込まず、必要な助けを借りながら、自分らしく回復していく道を見つけてください。
あなたの気持ちを、私は心から応援しています。